太陽の男
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皆子供ばっかり。 こんな所、大嫌い。 早く帰りたい。 半年なんて長すぎる。 絶対に好きになれない。 こんな所、大嫌い。 太陽の熱さも海の青さも空の蒼さも全部が全部気に障る。 沖縄なんて大嫌い。 パパの転勤先は沖縄だった。 前に旅行で来た時にはあんなに楽しかったのに、 こんな最悪な場所、他にない。 おしゃれなお店なんかどこにもない。 学校で教えてる勉強なんか3ヶ月前に終わってる。 東京のお正月番組を5月に放送するなんて有り得ない。 チャンネルだって4つしかない。 何より 標準語が通じない。 最悪。 転入初日、物珍しそうに話しかけてきた同級生の台詞が 翻訳不可能だった時に、文化的コミュニケーションは諦めた。 それが伝わったのか、以来誰も話しかけてこないし、 わたしからも話しかけない。 どうせ半年だし。 友達なんて要らない。 早く帰りたい。 文化的な生活。 おしゃれなお店。 毎週行ってた、テニスクラブ。 ……テニス部、あるとは聞いたけど…… 「どーせ、ろくなモンじゃないわよね」 そう呟いて、バス停に続く狭い一本道を曲がった瞬間、 「ぉぅわッ!」 「えッ」 ――わたしは猛スピードで走ってきた自転車に衝突されていた。 「……あっが……えー、やー大丈夫かー?」 ……大丈夫なわけはない。 自転車に下敷きになったわたしの目に映ったのは、オレンジ色の髪。 目深にかぶった帽子からはみ出したそれは、太陽の色をしていた。 「……平気」 一瞬見とれていた事に気付かれたくなくて、何時も以上に無愛想な声で答える。 「やーよ、3組に転校して来たーだろ?」 ……なんでわたしは自転車で突進してきた男にいきなり呼び捨てにされてるんだろう。 しかも下の名前を。 「……そうだけど」 「ないちゃー?」 「……『ないちゃー』?」 「違うばぁ?」 「……『ないちゃー』って、何?」 男の子はきょとん、とわたしを見た。 多分わたしも、怪訝な顔をしていたに違いない。 暫くして、男の子は漸く思いついたように、豪快に笑った。 「あっはっはっは!」 「な、……なんなのよ!」 もう、沖縄の人間って訳が判らない! 「ー、バス?」 「……バスに乗るのかって、訊いてるならそうよ」 「さっきバス行きよったぜ。多分今日最後のバスあんに?」 「……う、嘘!?だって、わたし調べたもの!次のバスは5時よ!今まだ4時半じゃない!」 「はー?時刻表なー?あれ意味ないぜ?てーげーその時間、てだけだのに」 咄嗟に立ち上がろうとして、足首に走った痛みに眉を顰めた。 「痛ッ」 ぶつかった拍子にひねりでもしたのだろうか。 気付けば足首が変な熱を持っていた。 男の子は急に表情を変えると、わたしの足元にしゃがみ込んだ。 「きゃあ!?」 「……マジゴメン」 「……え?」 「待ってよ」 男の子は倒れていた自転車を引き起こすと、わたしの側に押してきた。 「乗って!俺やーの家まで送るよ」 「ええッ!?い、いいわよそんな」 「乗れんでぃ」 …………強く言われた。 二度目は良く判らないけど、多分「乗れ」と強調された……んだと思う。 仕方なく、自転車の後ろの荷台にゆっくり腰を下ろした。 「いいわよ」 「ょし。ーの家どっち?」 「……取り敢えずまっすぐ」 男の子はペダルを踏み込んだ。 自転車が走り出す。 暫くして男の子が笑い出した。 「どうしたの?」 「ーじちぇーめっちゃ重いやー」 ……ブッコロ。 全部は判らなくても単語は判る。 まっすぐな道、下校する生徒達を追い抜いて、自転車が進む。 クラスの子も何人かいた。 わたしを指差したのが見えたが、すぐに視界から流れて消えた。 走る風が、わたしの頬と髪を撫でる。 少しだけ気持ちよかった。 「……ねえ!」 「んー?」 「どうして、わたしの名前知ってるの?」 「……いーさ別に」 後ろに乗ってるから顔は見えないけど、なんか急に口ごもったみたいだ。 わたしはおかしな質問をしたのだろうか。 「なんで下の名前で呼ぶの?」 「駄目だばぁ?」 「え?」 「あー……えーっと……駄目なのか?嫌か?」 「嫌って事じゃないけど……だって、わたし貴方の名前も知らないのに」 ああ、と男の子はまた笑った。 「言ってなかったやー。俺甲斐」 丁度下の名前を言った瞬間に、隣を車が走り抜けた。 エンジン音で、下の名前が聞き取れなかった。 「……甲斐くん、て言うんだ。わたし、」 「知っちょーん」 笑って甲斐くんは自転車のスピードを少し速めた。 荷台から落ちそうになって、わたしは咄嗟に甲斐くんの制服にすがる。 甲斐くんの背中のあたたかさが指に伝わって、どきん、とした。 わたしの家に着くと、甲斐くんは玄関まで送ってくれた。 「ありがとう」 「んー……今日ごめんやー。湿布貼っといて?」 「うん」 それじゃ、と甲斐くんに背を向けて、軽くびっこを引きながら家の鍵を カバンの中から探る。 指が鍵を見つけて、カバンから出した時、すぐ後ろから甲斐くんの声が聞こえた。 「あのさー?さっき何で名前知ってるー、て聞いたさーねー?」 振り返ったわたしの顔を甲斐くんが目近に覗き込む。 その真摯な瞳が、わたしを射抜いて動けなくする。 「可愛いなーって、思ったから」 わたしの指から、かしゃり、と鍵が硬質な音を立てて足元に落ちた。 にこっ、と相好を崩すと、甲斐くんは自転車に飛び乗った。 「晴美ーから調べっちぇーん」 甲斐くんの自転車は、ぶつかってきた時と同じくらいの速さで去って行った。 玄関先で固まったままのわたしは、徐々に顔が赤くなっていくのを感じた。 太陽の色の髪、太陽の熱さ、甲斐くんの言葉。 「……ど、どういう意味……」 まだ部分部分しか、聞き取れなくて判らない。 二つの意味で判らない。 それでも、それでも。 胸のどきどきで今日は眠れそうにないよ、甲斐くん。 |
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SugakoSatoh@√310