泣いて泣いて泣きやんだら 


プライドを守り抜くあなたの姿 あぁ きれい

「それでいい」

 そう言われた嶋本は、一層傷付いた顔をして、真田の前から走り去った。

***

 エンジンの振動が微かに足元から伝わってくる。
 羽田まであと少し。
 高嶺は座席から少し離れた機関室近くの壁に凭れて立っている嶋本を見つけると声をかけた。

「シマ」

 ぴくりと跳ねた肩は、心なしか普段より小さく見える。
 と言っても、嶋本自身、決して大柄な方ではないけれど。
 いつもならすぐに「なんやー?」と振り返るのに、今は背を向けたままだ。

「シマ」
「…………」
「……シマ、」

 高嶺が肩に手を置くと、やっと伏せていた顔を向けてくれた。
 眉を引き絞って、唇を噛み締めたままではあったが、それでも。

 ――ああそう言えば、あの時もこうやって、私は嶋本の肩に手を置いていた。

「……高嶺……」

 うん、と相槌を打つ。

「怒っている訳ではないんだよね」
「……怒ってんのと違う」

 だって、と嶋本は眉を寄せたまま続けた。

「だって、隊長が助かったんは事実や」
「うん」
「神林のおかげや」
「うん」
「……俺は」

 『――我々は、出動しない』

 船の中にまだ真田がいる、と聞いた瞬間の彼の表情が重なる。
 血の気が引いた真っ青な顔で潮流を見据えたままで。

 ――あの時、彼がどんな思いでその判断をしたのか、きっと知っているのは私だけなんだろう。

「……隊長入院してる間に、基地に報告の電話入れたんや。……「よかったな」て言うてくれた。……「お疲れ様」とか、「よくやった」とか……せやけど」

 一瞬ぎゅ、と唇を噛み締めて、自嘲に歪んだ笑みを浮かべる。

「俺が、したのは、……隊長を助けには行かん、て、……行かんて、言う事だけや……!」

 あの場所に、「隊長」はいなかった。
 指揮権は、自動的に副隊長である嶋本に移る。
 すべての判断が彼に委ねられる。
 彼は、私情を振り払って、現状を客観的に見定めて行動しなければならなかった。
 あるのは間もなく渦に飲み込まれる座礁船。
 飲み込まれる先は、トッキューであっても辿り着けない深度50mの海の底。
 飲み込まれるのは、……彼にとって一番大事な人。

「……何度考えたかて無理や。何度同じ状況に陥っても、俺は同じ判断をする。俺は、何度でも隊長を見捨てるんや……!」

 嶋本だけじゃない、誰でも同じ判断をする、なんて陳腐な台詞は、何の意味も持たない。
 事実、あの状況で違う判断をした者がいたのだ。
 それはその場にいた高嶺も判っている。
 だから何も言えなかった。

「……シマ」
「……」
「……大丈夫。隊長には聞こえないから」
「…………っ」

 噛み締めていた唇が緩んで、短く息が吸い込まれた。
 見開かれた瞳から、ぼろぼろと涙が溢れ出る。
 俯いた頭を高嶺がそっと引き寄せると、呆気なくその胸に収まった。
 縋り付かれても構わなかったけれど、嶋本の両手は固く拳を作って下ろされたままだった。

「……ずる、……っい、やんか……っ!「それでいい」なんて……!そんなん言うて欲しいのと違う……!」
「うん」
「何で来んかった、て……言うてやぁ……っ!」

 頬を伝った涙が、ぱたぱたと音を立てて通路に落ちた。

「でないと俺、何時まで経っても助けにいけんやんか……!」

 助けに行きたかった。
 行きたかった。
 行きたかった。
 「それでいい」なんて言わないで。
 どんな状況でも、例え諸共に果てようとも、貴方の元に行きたかった。

 嶋本の全身がそう叫んでいる。
 トッキュー隊員として、決して口に出してはいけない言葉だ。
 死を覚悟して救助を行ってはいけない。
 「出動した者は必ず生きて帰ってくる」
 その誓いを、トッキューに入った時に交わしたのだ。
 他でもない、真田と。

「……悔しい……っ!俺には、でけんかっ、たのに……!」

 結局隊長は助かった。
 それを奇跡だなんて言いたくない。
 奇跡に頼って救助なんか行けない。
 でも隊長は助かった。
 嬉しいのに、喜んでいいはずなのに。
 高嶺は、そっと嶋本を抱き締めた。

「……畜生……!」

泣いて泣いて またいつか泣き止んだら
小さな胸を張ってもいいんじゃないか

どうやったって毎日は過ぎるし 悔しさ少ないほうがいい

 しばらく嗚咽を漏らしていた嶋本が、ふと身を引いて高嶺から離れた。
 まだ目尻が赤いが、乱れていた呼吸も落ち着いているし、涙も止まったようだ。
 ばつが悪そうに高嶺から目をそらすと鼻をすすった。

「……すまん」
「いいよ」
「……も、着くな」
「ね、シマ」
「……なに」

 嶋本が身を強張らせたのが判った。
 高嶺はふ、と笑って、ズボンのポケットからハンカチを出して差し出す。

「高校の時の同級生が今、こっちに沖縄郷土料理の店を出しているんです」
「へ……」
「帰ったら行きましょうか。シマへちま食べてみたいって言ってたでしょう」
「へちま……」
「そう、へちま」

 虚を突かれた顔で、嶋本は高嶺を見た。
 にっこりと笑って嶋本の手にハンカチを渡す。
 しばらくハンカチと高嶺を交互に見ていた視線が、笑いの気配になった。

「へちまて本当に食えんのか」
「食べられるよ。たわしにするのは勿体ない」
「わー、想像つかん」
「今回は隊長に全部奢ってもらいましょうね。そのくらいしてもらっていいですよ」
「高嶺」
「隊長はシマに誘っておいて欲しいんですけど」
「……せやったら俺、もうめっちゃ食うわ」

 そうしなさい、と高嶺は柔らかく笑った。
 嶋本も笑った。
 今度はちゃんと、笑っていた。

これはおせっかいか 恋の告白なのか?
ねぇあなた 都合いいようにとってくれていいよ


(B'z「泣いて泣いて泣きやんだら」)
SugakoSatoh@√310
2006/04/22改訂