嘘つきなお前 嘘つきなあなた1 


 足音で判るんだ。

***

 ここ暫く仮眠時間が終わる5分前になると、仮眠室の扉を隔てた向こうの通路を、一人分の足音が進む。
 それは段々近づいて、扉の前で必ず一旦止まる。
 すぐには扉は開かない。
 数秒すると遠慮深げにそっと扉が押し開けられるので、俺は目を閉じる。
 ほぼ同時に通路の照明が扉の隙間から細長く入り込む。

「隊長」

 起こす為の呼びかけにしては小さすぎるお前の声は、一定の間を置いて繰り返される。
 俺が起きているのかどうかを探っているのだろう。
 だから俺は答えない。

「隊長」

 寝ていると判断してゆっくりと静かに閉じられる扉に、通路の照明が遮られて、部屋の中は再び薄暗く静まる。
 極力抑えられた足音が、扉を離れてこちらに向かってくる。
 お前は、横たわる俺の身体を見下ろす形で膝を付く。

「……まだ起きんでください」

 囁く気配は鼻先で聞こえる。
 そしてまた、柔らかい感触が一瞬だけ唇を掠める。
 その後は身じろぐ間も与えず、逃げるように離れる。

「隊長」

 次の呼びかけは、扉の傍で、強く。
 まるではじめからそこにいたのだ、と言う響きを持って。

「隊長、起きて下さい。も、交替ですよ」

 俺はそこで目を開ける。
 数秒前に埋め込まれた唇の熱と、お前の嘘に知らぬ振りをしながら。

「おはよう、嶋本」

 そうするとお前は薄暗がりの中でも判るほどに安堵の表情を浮かべて、

「おはようございます、隊長」

 と言うんだ。

***

 はじめは起こしに来たお前を驚かせてやろうと思っただけだった。
 足音で判るんだ。
 来たのがお前なのか、そうでないのか。
 はじめは驚かせるつもりだったんだ。
 お前が、「起きないでくれ」と言うあの瞬間までは。

 お前の指が俺の指に逡巡しながら遠慮深げに重なった。
 指の節を辿ったあとすぐに離されたが、お前は俺を呼んだ。
 たいちょう、と俺を呼びながら、お前はあの時どんな顔をしていたんだろう。

 そう思い始めてから今日まで、俺も嘘をつき続けている。


SugakoSatoh@√310