「玉響遊戯」 


 調子狂うで、ほんま

***

「すまない」
「は?」
「また俺は、聞いてはいけない事を聞いたのではないか」

 黙りこんでしまったから、と加えられて、シマは笑った。

「あんた、ほんま調子狂うわ」
「すまない」
「あー、ちゃうちゃう。……あんな、あんた自分が誰で、俺が誰かよう判ってへんのちゃいますか」

 シマがそう言うと、甚は怪訝に眉を片方上げた。

 ――きっと癖なんやろうなぁ。

 基本的に無表情だが、何か感情が変化すると、まず眉が動くらしい。
 それも、大仰でなく、少しだけ。

 ――気付いてへんねやろうなぁ。

 客の表情や仕草を観察してしまうのはすでにシマの職業病みたいなものだ。
 怒っているのか機嫌が良いのか、大概それで判るので、その都度賺したり宥めたり。

「あんたは客で、俺は女郎や。あんたは金払ろて俺を買うた。俺は金貰ろて、あんたと寝る。あんたは俺に何でもしてええんですよ。まあ殴られたり締められたりすんのはあんまり好きやないから蹴り飛ばすけど」
「殴る?」
「そういう趣味の客もおらんこともないっちゅー話です」
「俺はそんな事はしない」
「はは。助かります」

 そっと寄せられた指先が、優しくシマの頬を撫でた。

「綺麗だ」
「……そら、……売りもんですし」
「もっと触れたい」
「……どうぞ」

 そろそろと触れ合わされた唇に、酒の味。
 詰められる膝の隙間を見計らって、引かれた寝具の上に倒れ込んでやるのが女郎の手管なら、着物の袷を寛げるのも、女郎の手練。

「……そうや」
「なんだ」
「……あんたの名前、まだ聞いてへん。嫌なら、ええけど」
「嫌じゃない。真田甚と言う」
「さなだ、じん……」

 シマの左手を取って、掌に口付けると、人差し指で「甚」と書いた。
 その様を見上げていたシマは、困ったように笑った。

「字、判らへんねん」
「そうか」

 その「そうか」に、嘲りも同情も含まれていない事にひどく安心した。
 腕を伸ばして、甚の頬を撫で、肩に指をかける。

「さなだ、さん」

 甘い声は呼び水となって、甚はシマに深く沈んだ。
 最中に名を呼ばれると、大概の客は喜ぶ。
 だから、知っておくと都合がいいと言うそれだけの理由だった。

***

 だから、あなた。
 そんな幸せそうな顔をしないで。


お題:恋煩い症候群様より「玉響遊戯」

SugakoSatoh@√310