もうちょっとおって 4 


「別にな、落ち込んでた訳とちゃうで」
「ほうか」
「ただ、儘ならんなぁ、と思うとっただけでな」
「ほうか」
「うん」

 素直に頷く嶋本は、同年代のようにも見える。
 伏し目がちにしていると、年下のようにも見える。
 実際は大分上だと言う現実を忘れそうになる。

「……進次さんは、真田隊長になりたいんか?」
「……なんで?」
「……なんとなく」

 副隊長の位置でこれまでずっと見てきた「隊長」の背中を、必死で追っているように見えたから。
 うーん、と唸ると、嶋本は眉を寄せた。

「憧れとるよ」
「……ほうか」
「隊ちょ……真田さんがおらんかったら、今の俺もない」

 また、胸が痛んだ。
 相槌を打つのが精一杯だ。
 そんな大羽に気づいているのかいないのか、嶋本は続ける。

「……憧れとるよ」

 歌うように繰り返す嶋本は、これまでの真田との記憶でも思い出しているのだろうか。
 苦しい。
 嫉妬の炎でちりちり焼かれている気分だ。

「でも、俺は真田さんにはなれん。それに、なりたないなとも思うで」
「……なんで?」
「俺が真田さんになってもたら、お前、困らん?」
「え……」
「ん?」

 違うのか?と言うように見上げる目に、実家近くの雉虎の野良猫を思い出した。
 あいつと来たら、いつもは擦り寄ってなど来ないくせに、本当に時たま気が向いたように、喉を鳴らして近づいてくるのだ。
 そして一声、にゃあと鳴く。
 それがあんまり可愛いから、何度母親に叱られても餌をやってしまうのだ。

「お前が別に困らないんやったら、俺真田さんになってまおかなぁ」
「えっ、嫌じゃ!」
「なんで?」

 考えてみれば確信犯なのだ。
 雉虎の猫も。
 目の前の男も。
 だって、そうでなかったらこんな楽しそうな顔で鳴く訳がない。
 そうだ。
 どんなに年下に見えたって、この人は場数を踏んでいる大人だった。
 大羽は耳まで真っ赤にして、腹を括った。

「……わしが、進次さんの事好きだからじゃ……」

 にゃあ。
 ――ああ、あの猫どうしとるじゃろう……

「俺が真田さんやったら、こうしとるのも真田さんやで」
「嫌じゃ……」

 そんな想像するのも嫌だ。
 シュールすぎる。

「「大羽」……あかん、俺物真似の才能ないわ」
「のうていいんじゃ、そがぁなもん……」

 なんでこんなに楽しそうに、この人は。
 自分の一世一代の告白は、なかった事にされているのだろうか。
 手管に搦めて言わしただけか?

「大羽」
「似てんて言うとるじゃろ」
「俺も」
「……は?」

 ちょっと。
 今、ええと。
 嶋本を見ると、相変わらず大羽の肩に凭れている。
 今の「俺も」は、どの言葉にかかる「俺も」なのだろう。
 「物真似の才能がなくてもいい」にかかる「俺も」?
 「似てない」にかかる「俺も」?
 それとも。

「……駄目じゃ。わし今凄い自分に都合のいい方向に物を考えとる……」

 どうも今日は朝からアップダウンのきつい精神状態で困る。

「どの方向や」
「……わしと同じ方向?」
「ほならそうなんちゃうか」

 進次さん、と呼んだ唇にちゅっ、と何か当たった。
 大羽がそれを何か認識する前に、嶋本は立ち上がって玄関に向かう。

「腹減ったー。大羽、腹ごしらえに行くで」

 はっと我に返って、大羽が慌てて立ち上がる。

「し、進次さん、今っ」
「んー?続きは帰ってからな。もー腹減って腹減って」
「続き……」

 事もなげに言うと、固まったままの大羽をよそにさっさと靴を履いてドアノブに手をかける。
 嶋本はちら、と時計を見ると、

「1分で来い。1秒でも過ぎたら殺すからな」

 と、物騒な言葉を残してドアを閉めた。
 ドアの音で石化の解けた大羽は、机の上の財布を掴み取ると、ハンガーに掛けてあったジャケットを引っ掴む。
 勢いでハンガーは畳の上に落ちたが、拾っている暇はない。

「で、電気ヨシ、ガス栓ヨシ、財布、と、中身ヨシ……」

 転ぶ勢いでドアを開けると、ジーンズの尻ポケットから鍵を引き出して、戸締りをする。
 階段を一段ずつ下りていては間に合わないので踊り場まではジャンプ一番飛び降りた。

「ちゃ、着……」
「惜しいあと2秒で殺せたのに」

 ――お、鬼じゃ……

 あれだけの距離でこんなに心臓が跳ね上がるといういい経験をさせてもらった。
 大羽は息を吐きながら、握り締めたままだったジャケットに腕を通す。

「ま、あとでゆーっくり死ぬほど可愛がってやるわ」

 にっこり笑ってそんな事を言い、軽やかに歩き始めた嶋本の背中を見つめて、大羽は心底自分の趣味の悪さを呪った。

「殺すとか死ぬとか、今更じゃのう」

 いつだってその一言で、自分を天にも地にも追いやるくせに。
 大分先に行った嶋本に小走りで追いつくと、肩を並べて街に向かった。  


真昼の夢様より「関西弁でお題」10c挑戦中

SugakoSatoh@√310