沈む身体3 


 泣いているのを見られるのは何度目だ、なんて

***

 叫んだ拍子に涙は止まった。
 相変らず意識は磨りガラス一枚隔てた所で浮いたり沈んだりしているけれど。

「行くななんて、言いません」
「ああ」
「……言わんけど、」

 絶対に口にはしないけれど、言いたかったかも知れない。
 でも「行くな」なんて余りに傲慢な台詞じゃないか。
 大体真田のする事を阻む権利なんて、自分にあるんだろうか。

「けど?」

 引き寄せられたまま、短い声は火照った身体になお熱い。
 沈黙は言葉の続きを促しているのだろうけど。

 て言うかどういうつもりでこん人は。
 どれだけその行動に胸を掴まれているか、なんて。
 ――判っててやってたらどうしよう。

 ぐるぐる迷った末に嶋本が出した答えは、「しくったら全部酒の所為にしよう」だった。
 覚悟を決めて口を開く。

「……一年や言うても……隊長暫く見れんのはやっぱり、……淋しいですよ」

 そうだ。
 淋しい。

 これまで大地に深々と張っていた根を急に引き摺り出されたら、そりゃあ大きな穴が開く。
 深ければ深いほど、長ければ長いほど。
 その穴は別のもので埋めるべくもないから(というか無理や)、穴はずっとそのまま。

 ……でもそれだけではない気がする。

「隊長の無茶、……今度誰が止めんのかな……」

 貴方の隣に、誰がいるんだろう。
 真田の傍に誇らしく立っている誰か。
 顔も知らない、知るはずもない近い未来の存在に、眩暈がする。
 そのまま吐き気に繋がりそうで、思わず真田の胸を押して身体を引いた。
 上げた嶋本の視線を片二重の目が捉える。
 真田の静かな瞳は凪の海を見ているようだ。

 見惚れて吐き出した息に、真田の指が触れる。
 嶋本は避けなかった。
 人差し指の背で、嶋本の口角に触れるか触れないかの微妙な距離を保っている。

「嶋本」
「……はい」
「俺も淋しい」
「……っ、」

 ――あかん。

「お前がいない所に行くのは、淋しいよ」

 ――あかん。
 ――もう、限界や。

 言ってはいけない言葉が飛び出しそうで、ぎゅっと目を閉じた。
 その瞬間に、腕を引かれて唇を覆われる。

 ――――ああ、溺れる……!

 触れた唇はとても優しく温かかったのに、指先が白くなるほどに必死に真田にしがみ付く。

 頭の上で、誘蛾灯が、じり、と音を立てた。


SugakoSatoh@√310