沈む身体2 


「座ろう」

 示されたベンチに腰をかけた。
 頭上の誘蛾灯が妙に蠱惑的だ。

 ――そんでふらふら近づいたらじゅっ、となるわけや。

 そんな事をアルコールに浸りきった頭で考えた。

「酔い冷まし、なんか買ってきますか」
「いや、いい」

 嶋本の隣に座った真田は、膝の上で指を組んで身を屈めた。
 それが不思議と、水に飛び込む前の姿勢に見える。

「嶋本」
「はい」
「インドネシアに派遣される事が決まったんだ」
「……はい」

 真田から改めて「報告」される。
 なんの事はない、隊長から副隊長への、ただの連絡なのかも知れない。

「後日正式に辞令があると思うが……」
「あ、あの、隊長」
「……うん?」

 嶋本が真田の言葉を遮るのは珍しい。
 その後に続く言葉は大体想像が付いた。
 第三隊の隊長がいなくなる。
 だから多分、その後の編制に関することなのだろうが、今はそれを真田の口から聞きたくなかった。
 ただそれだけだったので、遮るだけの適当な理由が見つからない。
 隊長の報告より大事なこと?

「……あの、俺、ほんと、誇らしいんです」
「誇らしい?」
「はい。ええと……よう言わんけど、他の誰でなし、隊長が、世界に認められたんやなー、て」

 必死で話題を探して紡いだ言葉に、笑う気配がした。

「大袈裟だ」
「でも、そう思うんです」

 酔っているな。
 自覚はある。

 ――でも今言わんと、

「副隊長に決めて貰て、バディ組まして貰て、他じゃ絶対出来んこといっぱいさして貰いました。……今だから言いますけど、俺はじめ……」

 言いよどんで真田をちらりと見ると、顎をしゃくって続きを促された。
 咳払いを一つして、先を続ける。

「……はじめ、「神兵」やなんて大仰な冠被ってなんぼのもんやねん、俺が今にそこに行ってやる、待っとけ真田、……て思っ……」
「ほう」
「あ!いや!い、今はちゃいますよ!もちろん!若気の至りっちゅーか、あの、……井の中の蛙、ちゅーか……」

 嶋本は両手をぶんぶんと振って、必死で弁解した。
 だって、今誰より真田を尊敬しているのは自分なのだ。
 それは譲れない。

「……隊長はほんま、すごい人や、て思うし……」

 自分は何をしているんだろう。
 話がある、と言ったのは真田なのに、その話を遮って、自分ばかり喋って、しかも言わなければ判らなかった事まで暴露した。

 ――酔っとるなあ……

「……隊長はすごい人や。俺、ほんまは貴方になりたかって」

 どんなに追いかけてもその影すら踏ませて貰えない。
 圧倒的な敗北感は、それでも嶋本の心に負の感情を生まなかった。
 真田になりたかった。
 でもそれが叶わないなら、この人をどこまでも支えよう、と思った。

 この人がどんどん先に進めるように、支えよう。
 自分が真田を誇りに思っているように、真田も自分を、嶋本進次という人間を誇れるように。
 なりたい。
 なりたい。

 貴方の傍で、そんな人間になりたい。

「……シマ」

 言葉に詰まって俯いた頭を引き寄せられた拍子に、堪えていた涙が落ちた。

「……あかん、目から汗が」

 鼻をすすって、出来るだけ明るい声を出したつもりが、自分でも驚くほど震えた細い声しか出なかった。
 ごまかしようがないので、開き直ることにした。

「……なんつーか、……息子の大学合格祝うおかん、みたいな……ほら、「嬉しいわー」と思う反面、「これで手ー離れてしまうんねや」という、二律背反的な、こう」
「俺は嶋本の息子か」
「隊長みたいな息子おったらうちの子優秀な子ですやろー、て近所に自慢して歩きますよ」
「怒るなよ」
「は?」

 ぎゅっと更に引き寄せられたと思うと、真田の声が耳元で低くささやいた。

「……派遣の話が出た時、引き受けようと思った。その一方で、嶋本が「行くな」と言ってくれないだろうか、と 期待した」
「なっ、えっ……」

 身を引こうとしたが、がっちり抑えられて出来なかった。

「本当に「行くな」と言われても、そう出来たかは判らない。でも、嶋本が言ってくれたら、……そうだな。嬉しかったかも知れないな」
「な、なんやそれっ!ちょ、隊長っ」
「怒るなと言ったろう。息子の我侭だ」

 二律背反という奴だな、と続けられた。

 ――あかん、酔いすぎやこれ……

 くらくらするのは、酒の所為だと思いたい。


SugakoSatoh@√310