SSSs Special 2


 正面から両手を回すと、首の後ろとジャケットの襟の間に指を差し入れた。
 ふわりと香るトワレは大分薄まっているはずなのに、全身を搦め取って溜息が漏れる。
 普段つけないから、余計に際立つ。

「トワレまでえっちい……」
「朝出掛けに少しだけつけたんだ。まだ匂うか」
「なんて銘柄です?」
「さあ」
「さあて」
「自分では買わないし、別段特別な好みがあるわけでもないしな」

 海外旅行の土産に貰ったものが箱も開けずにあったから、使った、と言う。
 真田のうなじに顔を埋めるように、もう一度その香りを吸い込むと、腰の辺りまで疼きそうになる。
 胸に凭れて暫く匂いを嗅いでいると、猫にまたたび、と言う言葉を思い出した。

「ええ匂いー……」

 猫にまたたび、嶋本に真田。
 銘柄を聞いてみたりしたけれど、畢竟、真田がつけていると言う事が重要なのであって、どんなトワレだろうが関係ない。
 凭れ掛けられた頭を、真田が優しく撫でるので、うっかりそのまま寝そうになった。
 気を取り直して身体を起こすと、ジャケットを真田の肩から落とす。
 真っ白なシャツとネクタイ、その上のベストが姿を見せる。

「なんでやろ……きっちり着てはるのに、こんなにいやらしい……」
「言い掛かりだな」

 袖を引き抜いて、ジャケットを床に落とす。
 皺になるかなとも思っていると、察した真田が、「明日クリーニングに出すからいい」と言ってくれたので、気にしない事にした。
 ベストのボタンを外していると、視線を感じたのでボタンに指をかけたまま、顔を上げる。
 真田は脱がされている間、ずっと嶋本の顔を見つめていた。

「……あんまり、そないじっと見られても恥ずかしいんですけど……」
「どんな事を考えているのかと思ってな」
「どんな事て、……この状況に言及すれば、とても口には出せんような事を」
「服を脱がしながら?」
「服を脱がしてるから」
「実に興味深い」

 真顔で言うからよっぽど本気の会話かと思うが、これはあれだ。
 からかってもっと恥ずかしがらせようと言う、真田の悪巧みだ。
 ここでは恥ずかしい、と言うとそこで事に及ぼうとするし、そんな事言われるのは恥ずかしいと言うと、敢えてその言葉を言おうとする。
 見られていると恥ずかしい、と言ってしまったからには、間違いなく脱がし終えるまで凝視してくるだろう。

「性質悪い人や」

 ほら、目も反らさずに見つめたままだ。
 見られていると思うと、指先が上手く動かなくなってきた。
 漸くベストのボタンをすべて外すと、合わせ目から指を差し入れて、ジャケットのように肩から落として、腕も抜いてしまう。
 脱がしたベストは、ジャケットの上にぽすりと落ちた。
 その時の睫毛の微かな震えも、きっと見られている。
 ネクタイの結び目に指を差し入れて、きつく締められた襟元を寛げてやる。
 ちりちりとした視線を依然感じながら、黒い光沢を帯びたネクタイを襟から引き抜く。
 シルク製だろうか、指触りがよい。
 その際にちら、と覗き見た真田の視線が、一度嶋本の指先に落とされて、再び持ち上がる。
 嶋本が見ている事に気付くと、ふ、と笑った。

 ――興奮する、けど、……隊長の目……

 情けない事に迫力負けするのだ。
 仕事を離れたこんな状況でさえ、真田の一瞥には逆らえない。
 眼力、とでも言うのだろうか。
 目は口ほどに、とは良く言ったものだ。
 真田の片二重の目に見つめられると、見つめられていると思うと、その部分が灼け付く気がする。
 勿論嫌なのではないが、職業病的に視線に込められた意図を察してしまうのだ。
 ふと、一本の長い布に戻ったネクタイを眺めて、嶋本は妙案を思いついた。
 多分、嫌な顔をされるだろうけど。

「隊長……ごめんなさい」

 一応謝って、ネクタイを真田の目元に宛うと、反射的に真田が嶋本の腕を掴む。

「何だ」

 声音が怒っていないのが少し救いだ。
 宥めるように、額と、鼻先と唇に軽いキスを落とすと、掴んだ指の力も抜けてきた。
 頭を胸に抱きこむようにして、後ろでネクタイをぎゅっと締めてしまう。
 目隠しをされた真田は、それでも慌てず、ソファに背中を預けている。

「嶋本は、こういう趣味があったのか」
「ない、と思うてたんですけど」
「けど?」
「……なんか、ちょっと今、それもありかなー、……て」

 本気で思った。
 真田の力のある視線も、その視線に翻弄される自分も嫌じゃない。
 だが、今それを黒い布で覆われた真田は、いつもと違う色気を発している。
 そう改めて思うと、ぞくり、と感じるものがあった。


SugakoSatoh@√310